5.サクラ


 わたしね、先輩のことが好きだったんです……うん、そうです、ずっと。……知ってました? この桜の木の伝説。この桜の木の下で告白すると気持ちが成就するとか、カップルは永遠に結ばれる、とか。知らないですよね、先輩、そういうのに疎かったですもんね。
 わたし、先輩に一目惚れしちゃったんです。入学式のあとの部活紹介。先輩、やる気なさそうに文芸部のコーナーの椅子に座って、本読んでましたよね。よく覚えてますよ。あの時です。あの時からわたし、先輩のことが好きだったんですよ。
 でもわたし……こんな性格ですし、文芸部には入れたのはいいですが、先輩とはあまり話せなかったんですよね。いっつも部室で黙って本を読んでるだけ。ああ、そうだ、前に文芸部全体で文芸誌作りましたよね、覚えてますか? わたしの作品のキャラクターのモデル、先輩だったんです。わたしが入って一年経った後に、先輩は卒業してしまいました。
 先輩が卒業したあと頑張ってわたし勉強して、先輩と同じ大学に入りましたよ。
 それでも先輩とは上手く喋れなかったですね。先輩は気づいてましたか? ……多分、気づいてなかったでしょうね。そうして先輩は教員免許を取ってこの高校に教育実習に来ましたね。そしてそのまま、この学校の教師になった。母校に赴任する教師って結構いるみたいですね。
 わたしも頑張りました。先輩と同じように教師になるために。頑張りました。でも、赴任先が別の学校になってしまいました。先輩とは被らない英語の教師になったのに、先輩とは別の学校に雇われちゃいました。
 ……長くなりましたね。先輩、あなたがこの桜の木で首を吊って死んだ理由はわたしにはわかりません。本当に生徒の女の子に手を出したのか……それは今となっては知りようがありませんよね。
 先輩、ずっと好きでした。こんなお婆ちゃんになってしまったけれど、こうやって先輩と同じ学校の先生――校長という偉そうな肩書きを付けられてしまったのだけど――になれましたよ。
 ほら、先輩。新入生の初登校です。……今年も、桜が綺麗ですね。


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