1.ほおづえついて


「綾姫ちゃんってさ」
 昼休み特有の喧騒のなか、彩華は好物の卵焼きを口に運びながら唐突にいった。わたしは缶コーヒーの底の残りを追うのをやめる。卵焼きを咀嚼しながら続けようとする彩華を、わたしは慌てて止めた。
「飲み込んでからにしなよ」
「そだね」
 口を押さえ、彩華はえへへと笑う。長くウェーブがかった髪が揺れる。わたしはため息をついた。
 彩華はごくんと卵焼きを飲み込んだ。白い喉が、動物を感じさせる動きをする。
「綾姫ちゃんって、ほおづえつくよね」
 一瞬、なんのことだかわからなかったが、わたしは無意識に左腕を机の上から下ろした。
「お行儀、よくないよー」
 卵焼きを口に入れたまま話しだそうとしたお前が何をいうんだ、と思ったがわたしは「そうだね」と相づちを打つ。ほおづえをつくのが癖になってしまったようだ。
 わたしは悟られないように、
「……ほら、彩華。もう昼休み終わるわよ」
「ああ、ほんとう」
 彩華は時計を見る。弁当箱に残っていた卵焼きを口に放り込み、椅子を元に戻す。彩華はわたしの前の席だ。
 昼休みの終わりのチャイムが鳴った。前の席の彩華は机の中から教科書を出したあと、ポケットのなかに手を入れた。髪を両手でポニーテールにまとめ、ポケットから出した赤いゴムで縛る。彩華は授業中にだけ、その髪型をする。
「…………」
 彩華の白いうなじに目が吸い付けられる。しみひとつない、ましろな肌。彩華はどうしてこんな綺麗なものを隠してしまうんだろう。そう思いかけて、わたしは首を振った。これでいい。こんな綺麗なものを、独り占め出来るのだから。たったひとり、わたしだけが眺めていられるのだから。
 わたしはほおづえをついて、彩華を見つめていた。


戻る

ページのトップへ戻る