小林泰三『大きな森の小さな密室』の「正直者の逆説」について
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前提
前提として『作中犯人以外の人物は故意の嘘をつくことはない』が明示されたルール(ルールR)である。 上記ルールRより、『犯人は故意に嘘をつくことが可能である』(ルールR’)、 また、同じくルールRより『故意に嘘をついた人物が犯人である』(ルールR'')が導き出される。
以上の条件を元に、作中探偵役である『わたし』の質問
この質問の答え及び、「あなたは犯人ですか?」という質問に対し、両方に対して肯定する、または両方に対して否定するのどちらか一方が成り立つか?(以下、質問Q)
を検証する。
質問Qを、メタ化された『この質問の答え』を(質問A)、『あなたは犯人ですか?』を(質問B)と分化する。
また質問Aは、言い換えるならば『質問Qの真偽を参照する』という意味になるので、質問Aは質問Qと同値にならなければならない(ルールS)。
この質問に対しての純粋な解答は、作中で提示されているように4パターンに分けられる (1)イエスと答えた場合…質問Aと質問Bの両方を肯定した場合。
(すなわち『あなたが犯人である』に肯定し、尚且つその質問自体を肯定する)
(2)イエスと答えた場合…質問Aと質問Bの両方を否定した場合。
(すなわち『あなたが犯人である』を否定し、尚且つその質問自体を否定する)
(3)ノーと答えた場合…質問Aを肯定し、質問Bを否定した場合。
(すなわち『あなたが犯人である』を否定し、尚且つその質問自体を肯定する)
(4)ノーと答えた場合…質問Aを否定し、質問Bを肯定した場合。
(すなわち『あなたが犯人である』を肯定し、尚且つその質問自体を否定する)
質問対象者別検証
次に質問対象者別の検証である。質問対象者の大パターンとして「質問対象者が犯人である」(Ⅰ)「質問対象者が犯人ではない」(Ⅱ)と分けられる。 また、犯人が嘘をつく可能性がある(ルールR’より)為、(Ⅰ)は「犯人が嘘をついていない場合」(Ⅰ-1)、「犯人が嘘をついている場合」(Ⅰ-2)とパターン分けすることが出来る。
(Ⅰ-1)質問対象者が犯人で、尚且つ「質問に正直に答えた」場合の検証。
・犯人がイエスと答えた場合。
(1)質問Aと質問Bの両方を肯定した場合(すなわち『あなたが犯人である』に肯定し、尚且つその質問自体を肯定する場合)
(質問B)『あなたが犯人である』を肯定し、尚且つその(質問A)質問自体を肯定した
(2)質問Aと質問Bの両方を否定した場合
→質問に正直に答えたという前提により、犯人だと自白していることになる。(すなわち『あなたが犯人である』を否定し、尚且つその質問自体を否定する場合)
(質問A)と(質問Q)の答えが矛盾している為(ルールSより)、パターンとして成り立たず、論理的破綻が生じている。よってこの答えにはなりえない。
・犯人がノーと答えた場合。
(3)質問Aを肯定し、質問Bを否定した場合(すなわち『あなたが犯人である』を否定し、尚且つその質問自体を肯定する場合)
(質問A)と(質問Q)の答えが矛盾している為(ルールSより)、パターンとして成り立たず、論理的破綻が生じている。よってこの答えにはなりえない。
(4)質問Aを否定し、質問Bを肯定した場合(すなわち『あなたが犯人である』を肯定し、尚且つその質問自体を否定する場合)
(質問B)『あなたが犯人である』を肯定し、尚且つその(質問A)質問自体を否定した
→質問に正直に答えたという前提により、犯人だと自白していることになる。
以上より、犯人が「イエス」「ノー」と答えた状態では、共に自白となり、質問対象者が犯人である。
(Ⅰ-2)質問対象者が犯人で、尚且つ「質問に嘘で答えた」場合の検証。
(1)(2)(3)(4)すべてのパターンで嘘をついている状態になるので、どのように解答してもルールR''より質問対象者が犯人である。
(Ⅱ)質問対象者が犯人ではない場合の検証。
(1)質問Aと質問Bの両方を肯定した場合(すなわち『あなたが犯人である』に肯定し、尚且つその質問自体を肯定する場合)
犯人ではない人物は『あなたが犯人である』(質問B)を肯定することが出来ない(ルールRより)為、このパターンで答えることはできない。
(2)質問Aと質問Bの両方を否定した場合(すなわち『あなたが犯人である』を否定し、尚且つその質問自体を否定する場合)
(質問A)と(質問Q)の答えが矛盾している為(ルールSより)、パターンとして成り立たず、論理的破綻が生じている。よってこの答えにはなりえない。
(3)質問Aを肯定し、質問Bを否定した場合(すなわち『あなたが犯人である』を否定し、尚且つその質問自体を肯定する場合)
(質問A)と(質問Q)の答えが矛盾している為(ルールSより)、パターンとして成り立たず、論理的破綻が生じている。よってこの答えにはなりえない。
(4)質問Aを否定し、質問Bを肯定した場合(すなわち『あなたが犯人である』を肯定し、尚且つその質問自体を否定する場合)
犯人ではない人物は『あなたが犯人である』(質問B)を肯定することが出来ない(ルールRより)為、このパターンで答えることはできない。
以上より、犯人ではない(正直者)にはこの質問は答えることが出来ないということになる。
結論
上記(Ⅰ-1)(Ⅰ-2)(Ⅱ)より、質問に答えることの出来た者が犯人であるといえる。
要するにこの「正直者の逆説」というミステリは、「非殺人者には答えられない質問を作り出す」というミステリであり、故に探偵役である「わたし」は解決法として「対象者に順次、質問をしていき、即刻答えた人物が犯人」という手段を取った。