途中放棄・似非ラノベミステリ



   1

 そこは思ったよりも高かった。
 日常生活でこの校舎を見た限り、こんな高さから落ちて本当に死ねるか、と疑問に思ったけれど、いざ昇ってみると予想以上の高さだった。下で体育の授業だろうか、男子たちがサッカーに興じている。そのボールが米粒に見えるほどだった。自分はその高さに恐怖と共に安堵を感じると言う不思議な体験をした。本来、二律背反の関係のはず。そんな矛盾。
 ――なんてね。昔、よく読んだ小説のように表現してみただけ。そんな無駄で、どうしようもないことを考えられたのは、間近な死そのものの恐怖より、確実に死ねるだろう高さだったことを知った安堵感が勝ったからかもしれない。決して、死をぼかしたわけではない。決して。ふぅ……
 そりゃあ怖いさ。怖くて怖くてたまらない。幼い頃にアイツと乗ったジェットコースターなんかとは比べ物にならないくらいに。怖いけど、隣には誰もいない。冷や汗だらけの手で、握ってくれる人も。
 風が強い。
 この学校自体が坂の上に存在するため、吹き上げるような強い風が吹く。そういえば、自分は制服だった。今日は平日、しかも仮病を使ってまで授業を抜け出してきたのだから、そりゃあ当然なのだけれど。
 私は屋上の縁に足をかけ、一気に昇った。
 さらに強い風を身体に感じた。吹き上げる風に、膝上十センチのセーラー服のスカートがめくられそうになる。ひょっとしたら、下でサッカー中の男どもには見えてしまっているかもしれない。あはは、大サービス。余談だが、本当にどうでもいい話だが、今日はあのバカにも見せたことのない、新品の勝負下着だったりする。
 まあ、これからかなりグロテスクなモノを見せると思うと、そのくらいのサービスはしてあげてもいいかな、と思えてきた。なにせ、現役女子高生の無修正飛び降り自殺だ。しかもライブときている。今日の食事はまともに摂れないだろうことうけあい。ご愁傷様です。あなたたちも、もちろん自分も。洒落にならない。
 さて――
 自分は腕時計で時間を確認する。針は九時五十八分を指している。そろそろだ。時間が迫っていた。
 ――できることなら、死にたくなんかない。
 自分は躁鬱にかかったサラリーマンなどではない。現役の女子高生なのだ。このセーラー服に憧れて入学したこの高校にも、もっと通って卒業したかった。馬鹿馬鹿しい、普通の日常を過ごしたかった。でも、それは許されない。これが罪人に課せられた罰。手元の生徒手帳を開く。赤い縁の眼鏡。そして、派手な赤い髪。
 たしかに、自分のいなくなったあとの世界は気がかりだ。瑠璃ちゃんは泣くかもしれない。奈々はどうだろう。彼女、明るいからな。周りの人を励ましたりしてそうだ。……今だから言うけど、その明るさと優しさがけっこう羨ましかったりした。自分は、周りを傷つけてばかりの人間だから。
 あはははは、あはは……は、は……は……
 ……そこから見える眼鏡越しの景色は、とても綺麗なものとは言えないけれど――いまの自分の目には、何よりも美しく写った。十七年、住み慣れた町。たいした娯楽も、楽しみもない田舎の町なのに。そこは美しいと思えた。自分にはこの町の匂いが染み付いていると思う。この町での思い出が、染み付いている。
「罪人の処刑場にしては上等じゃない。今日は死ぬにはいい日かもね」
 どうせならこの勝負下着、一度くらいは見せてあげてもよかったかなぁ、なんてね。
 ああ、ダメだ。これ以上は決断が揺らぐ。決意が崩れる。
 カチ、カチ、カチ。
 腕時計の針が刻む音。やけに大きく聞こえる。
 カチ、 カチ、 カチ。
 その音に、少しずれて、別の何かをカウントする音が混じる。死神さまの持っている懐中時計の音とかだったらセンスがいいのだけれど、それは自分の内側から発されているように聞こえた。
 カチ、  カチ、  カチ……カチ。
 九時、五十九分。
 さあ死のう。すぐに死のう。そうすれば、どちらの音も止まる。どうしようもない人生に終焉を。救いようのない人生に閉塞を。
 さようなら、クラスメイト。さようなら、先生。さようなら、奈々。さようなら、瑠璃ちゃん。さようなら、美夜。さようなら、アルバトロス(くまのぬいぐるみ)。さようなら、結局食べられなかったまま冷蔵庫に眠るプリン。さようなら、ビートルズのレコード。さようなら、学校。さようなら、セーラー服。さようなら、いままで関わって。支えてくれた人たち。さようなら、自分の故郷。

 さようなら、自分の世界。

 自分は身体を前に倒した。支えがなくなった自分は、落ちていく。
 視覚は涙で潰れている。耳は何も聞こえない。
 ごめんね――最後に、最期にアイツの顔を思い出した。変な話だが、一生の不覚だ。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう――


  2

 朝起きたら人類が滅亡してしまった――なんてセカイ系的要素皆無、水曜日の午前八時。世間一般的な登校時間に、もれずに俺も学校へと向かう坂道を登っていた。こんな朝も幼馴染みの「ほら、起きなさい! 学校、遅刻するわよ! このバカ!」などという正統派ラブコメめいた展開でもあれば少しは愉快なのだが、その幼馴染みは先日行方不明、最悪死別してしまったのでそれは叶わないことだ。
 ふと振り返る。登ってきた坂道を、他に登ってくるものはいない。ついでに先にもいない。「あれ? 今日は休みだったかしら?」などと戯れてみても、キレのいいツッコミ役もいない今、反応するものはいない。
 今は夏だからそうでもないのだが、冬になれば氷が張り、その上に薄い雪がかけられるという北国特有、タチの悪いトラップの完成。ひとたびそのトラップの餌食になれば全身強打は確定。運が悪けりゃ車道にはみ出し、早朝から九死に一生スペシャルを披露することになるという最悪っぷり。ちなみにこの話は俺の実体験だったりする。夏にしても、自転車で登るには、よほどの脚力がなければ不可能。なぜこんな悪条件な土地に学校を建てたのか理解不能だ。この学校に通い始めて早二年。よくもまあ、こんな意味のわからない坂を毎日せっせと通ってきたよな。
 そんなことを考えながら坂を登りきる。
 俺は校門の前に立った。
 正確には、校門らしき場所の前に立った。
 立ち入り禁止の、映画やドラマとかでよく見る黄色いテープ。警察なのだろうか、何かの調査をやっている。この騒ぎは四日経っても収まらなかったようで、たくさんの野次馬がいた。もしくは、被害者の家族。やはり学校はなかったのだ。
 物質的に。
 学校はなくなった。
 俺がそのときのことを思い出していると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、短髪の男が立っていた。四日前と同じ笑顔で。
「ああ、紺野先輩ですか」
 俺が紺野先輩と呼んだ男は俺の目を見て。
「……もう大丈夫か?」
 俺のことを心配しているようだったので、答える。
「ええ……心配かけました。もう、取り乱しません」
「そいつはよかった」
 この人は紺野良介。俺よりも一つ上の学年、三年生で我が部のナンバー2。つまり副部長だ。ああ、笑顔が眩しいヨ。なんてね。
「その……すいませんでした。その、実は……」
「いや、いいんだ」
 きっぱりと断られた。紺野先輩は深く訊かない。知られたくないであろうことは、詮索しない。それが彼のポリシーのようだ。実際、最近の週刊誌などを読んでいると、知りたいという気持ちが氾濫しすぎていると思う。そんな時代に先輩のようなポリシーを持つことはすごい事なのかもしれない。まったく、瑠璃も見習いやがれ――と、そんな話はどうでもいい。
 閑話休題。紺野先輩は話を続けた。
「で、どうするよ。これから」
「そうですね……部活、と言ってもですよね……」
「だろ? ほら、学校も無いしな」
 先輩は笑って言う。俺は笑えなかった。
「と言うか、それどころじゃないんですよね。どうするんでしょう、コレ」
 俺は指さして言う。指の先には学校の跡地。とてもではないが、建物が建っていたとは思えない。よくて工事現場、もしくはフィクションの世界だ。昔読んだマンガに似たような場面があった記憶がある。
「とりあえずさ。ここを見た後、俺らの部活の奴らに徴集をかけようかと思ってたんだ。あの時はゴタゴタし過ぎて、なにも考えがまとまらなかったしな」
 先輩は笑顔で言った。ゴタゴタか。言ってくれる。先輩は続ける。
「じゃあ、俺は多々良に電話、かけるから……」
「了解。俺は美夜子と瑠璃ですね」
 素直に副部長に従い、携帯電話のアドレス帳を開く俺。平部員は上の者に従うべきなのだ。ちなみに『徴集』やら『了解』なんて言葉は、部長様の影響だったりする。
ま、み……と。プッシュボタンを押す。

 我が部の部長以外のメンバー五名が、学校近くの喫茶店である『白樺』に集まったのは午前八時半だった。部長様には、やはり連絡が取れなかった。電源が切れているか、現在使われていないか、もしくは――

 さて。
 俺の通う……違うな。通っていた、二十二年の歴史を持つ麓盃高校校舎が物質的にほぼ完全に消滅したのは四日前のことだった、と思う。

 学校が消滅する前日。珍しく、セミがやかましい午前。
 俺たち新聞部は、生徒指導室なるクソ暑い一室に閉じ込められ、四百字詰め原稿用紙五枚と死闘を演じさせられていた。
 一対五だと? 卑怯なり! 一対一で勝負せよ!
 そのような趣のことを生徒指導の教師に訴えてみたが、見事に却下された。
 どうやらこの灼熱地獄は、俺の所属する麓盃高校新聞部という目的不明の部活の廃部と、三日間の自宅謹慎処分と、反省文三枚ということで終わろうとしていた。反省文が少なくなったのは俺のおかげかもしれない。
 だが。だが、だが。そんなことではへこたれる我が部の部長様ではない。外的要因では絶対に止まらない、内的要因では止まる意思すら見えない暴走機関車。燃料は熱意と好奇心とコーヒー牛乳。
 部長様は「ハイブ……? ハイブハイブ……なにそれ? ハチの巣って意味だっけか?」などと申されていた。目的もわからなければ、意味も不明ときた。まあ別に、今にはじまった事ではないのだけれど。
 そんなわけで自宅謹慎ということで自宅へ帰ろうとする俺たちに向かって「明日の十時。もちろん朝だ。朝十時にいつもの所に集合だからな」とだけ告げて高速で帰宅する部長様。教師の話など、最初から聞いていなかったようだ。ちなみに部長様の言っている『いつもの場所』とは、喫茶店『白樺』のことだ。
 ……それが俺の最後に見た、部長の姿だったわけだが。

 翌日、午前九時四十八分。
「その時間に家を出ようとしたら、ものすごい音がした、と」
 副部長である紺野先輩が話をまとめてくれ、俺は黙って頷いた。
 学校近くの喫茶店『白樺』。校舎に固有の部室を持たない、我が部の基本的な活動拠点。悪く言えば、溜まり場であった。過去形。ここは学校近くということもあり、普段ならば他の生徒もいるのだが、今日はまったくいない。そりゃあ、そうなのだけれど。
「で、学校の方面へ向かうと、校舎はなくなっていた、と」
 再び副部長がまとめる。俺は再び頷く。もうアレだ。部長様以上に部長をやっている副部長・紺野良介。最高の副部長ですよ。
で、その最高の部長様(代理)がみんなの話をまとめた結果はこうだ。
 空襲でも起きたのではないかというくらいの爆音を聞いた後、とりあえず午前十時に『白樺』に集まった、部長以外の五人。自宅謹慎を破ったことが教師に知られるよりも、部長様の方が怖かった。これは俺談。
 だが、五分待てども首謀者の部長様は姿を現さなかった。蜘蛛と炭酸と時間を守らない奴は嫌いだと言っていたのに、だ。携帯電話に連絡してみても、通じなかった。ちなみに自宅の電話番号は誰も知らなかった。
 仕方がないので解散することにした俺たち。喫茶店のマスターに書置きを預かってもらい、店を出た。そこで、その異変に気づいた。
 悲鳴、が。
 しかも、一人や、二人でなくて。たくさんの、悲鳴が。
 俺たちは学校へと向かい――
「校舎が吹き飛んでいたわけだ」と副部長。
この『吹き飛んでいた』という表現は、決して比喩などではない。
 本当に吹き飛んでいた。
 コンクリートの破片だとか。割れたガラスだとか。人の身体だとか。
 バラバラになっていない物はなかったというくらいに。
 バラバラになっていない者はなかったというくらいに。
 全部、全部だ。バラバラで、コナゴナで、グチャグチャで――
「はい、はーい!」
 やけに高い声で回想は遮られた。吐きそうな気分になった。
 挙手しながら奇声というべきか、やけに高い声を上げているこのツインテールは、後輩の一年生である前崎瑠璃。ちなみにこの部に、意見を述べるときは挙手しなければならないなどというきまりはない。コイツが勝手にやっているだけである。念の為。
「はい、前崎」
「なにが、あったんでしょ?」
「さあな……全然わからない。ニュースとか新聞ではガス爆発だとか言われているが……」紺野先輩は首を傾げて言った。そりゃあ、そうだ。今回の事件……もしくは事件。ニュースなどで大々的に取り上げられている。麓盃高校に通っていた教員・生徒の九十九パーセントの身元が不明……というか、死に至ったのだ。当たり前だろう。
 そう。身元不明。六百五十九人。
 これを異常と言わずなんと言おうか。
 結論から言うと、生き残ったのは俺たち新聞部の五人と、その日休んだ四人だけだそうだ。ちなみに、この喫茶店に来るまでにも、週刊誌だかの記者に付きまとわれて大変だった。
 異常で、未曾有で、超常な事故……事件。
 我が部の部長様が大好きな部類の話だと言うのに。その部長様が、いない。突然「原因がわかったぜ。ありゃあ、某国のミサイル攻撃だったんだ」とかいって、ひょっこり現れるのではないかと期待していたのだが。やはり巻き込まれてしまったのだろうか。
部長様は『数字』になってしまったのだろうか。
「で、どうするんだよ。これから」
 ここで多々良創が口を開いた。一年生のとき、俺と同じクラスだった奴で、バカで、平部員二号。ちなみに一号が俺で、瑠璃が三号である。
「ん……そうだな。今日はとりあえずみんなの無事の確認をしたかっただけだったからな」と副部長が言うと「じゃあ、解散でいいっすね」と言って立ち上がり、コーヒー代二百円をおいて出ていってしまった。
「むー、なにあれ?」などと瑠璃はふくれている。確かに同意見ではある。
 テレビや週刊誌の取材は絶対に受けないこと、随時連絡を取り合うこと。そう副部長は念を押して今日の部活は終了した。
 みんなの無事――か。
 本当に無事なのか。俺たちはアレで。少なくとも、俺には誰一人無事だったとは思えなかった。

 喫茶店から出ると、ちょうどいい空腹感に襲われた。携帯電話のデジタル時計は、十二時で点滅していた。どうりで太陽のテンションが高いわけだ。北国なのに気温が高すぎる。喫茶店で昼食をとってもよかったのだが、戻るのも嫌な感じがしたので、自宅へ向かうことにする。帰って飯を食おう。そう思った俺の背中を、何かが突付いた。後ろを振り返る。妖艶な烏の濡れ羽色とでも言うべきか綺麗な髪の少女が立っていた――というのは、幼馴染みに影響された演出の仕方なのだが。つまり、一年生にて我らが麓盃高校新聞部の平部員四号。そして、頭脳である都美夜子の細い指が俺の背中を突付いていたのだった。
「先輩。帰り、御一緒してもよろしいですか?」
「え、ああ……」
 二人で坂道を下っていく。
「美夜子。そっちは何かわかったか?」
「いいえ、全然」

 沈黙。

「何があったんだろうな」
「何があったんでしょうね」

 沈黙。

 別に、彼女は俺と話すのが嫌なわけではない。初めて会ったときは、何か嫌われることしたかな、と思ったものだが、それはしょうがないのだと思う。ただ単に、コミュニケーションが苦手なんだ。それは三年前から。そういえば喫茶店では一度も言葉を発していない。大丈夫だろうか、キャラ立てとか。

 美夜子が俺の半袖のYシャツの袖を掴む。俯いているため、表情はうかがえない。
「なあ……美夜ごふっ」
 話を展開させようとしたところに、異分子が混入。そいつは俺の後頭部をチョップで叩き割りながら現れた。だいたい、誰だか予想はついている。ツインテールに五百円。
「あー! 美夜ちゃんこんなところにいたー! ついでに先輩も」
 美夜子と同じ一年生の前崎瑠璃。
「『ついで』の先輩の後頭部にチョップはないだろ」
「えへへ、すいませんでした先輩。相変わらずのおマヌケ面だったんで」
「お前アレな。謝罪の気持ちゼロな」

 で、三人で帰ることになったわけだが、どうも年下の女子高生二人と歩くのは恥ずかしい。しかもゲームに出てくる制服に似ている。そういえば、幼馴染みの彼方も、この制服に憧れて入学したって言ってたっけ。女の子には人気なのかな。
 さりげなくゆっくり歩き、後ろから付いて行く形になる。ツインテールがぽんぽん揺れている。それと、綺麗な長い黒髪。なんだこのアンバランス。意外と……
 ぼうっと後輩二人の後姿を見ていたら「どうしました先輩?」と、振り返った瑠璃による完全な不意打ち。
「……んお? いや、別に……」
 しどろもどろになる俺。
「あ、わかった。この瑠璃ちゃんのきゃわいー制服姿に発情しちゃいましたねー! 先輩、いやらしー!」くるくる回る瑠璃。
 弾むツインテールと、揺れるスカート。正直、心臓に悪すぎる。
「んなワケないだろ」と否定しておく。だが、二人の視線が痛い。痛すぎる。
「ねー美夜ちゃん。先輩の挙動、おかしいよねー?」
「多分、この制服がギャルゲ――」のあたりで俺は美夜子の口を塞ぐ。女の子がそういうことを言うのはよくない。断じて。
「うわー! 先輩が美夜ちゃんをてごめにー!!」

 いつもと大差ない。
 大差ない。大差ないはずなのに。
 学校がなくて。誰もいない。
 みんなは――
 だからこれで精一杯。
 精一杯、『普通』に過ごして。
 精一杯、『普通』にバカなことして。
 精一杯、『普通』に普通を。
 ……これを異常と言わず、なんというか。

 太股が痛い。瑠璃に蹴られた。
「とりあえず、昼飯でも食いにいこうぜ」という俺の提案に、美夜子は「構いませんよ」と答えた。
「あ、ちょっと待っててくださいねー」と瑠璃は携帯電話を取り出し、電話をかけ始める。俺と瑠璃は黙ってその様子を見ていた。

 ――みんなの無事、だって?
 笑わせる。

 瑠璃は携帯をしまいながら言った。
「ごめん美夜ちゃん、先輩。お姉ちゃんがお昼ごはん作って待ってるから、私は帰るね」
「そうか。じゃあ、二人で行くか?」
「そうですね」
「美夜ちゃん、気をつけてね。先輩、エロエロ魔人だから」
「知ってます」
 俺の前でそういう話はして欲しくないな。
「じゃあねー美夜ちゃん、先輩」と言って手を振る瑠璃。ツインテールがぽんぽん弾んでいる。

 断言する。
 俺たち麓盃高校新聞部は部員は、誰一人『無事』なんかではない。

 地獄だった。
 俺はまだ死んだ事がないが、少なくともソレは地獄と言えると思う。
 だって。周りが真っ赤だったから。何も元の形を保ってなんかなかったから。
 居るだけで存在を否定されるような感覚。そんな場所を、地獄と言わずなんと形容しよう。だから地獄。
 担任も、クラスの友人も、俺の幼馴染みも、瑠璃のお姉さんも……もしかしたら、部長も。みんな真っ赤。バラバラでコナゴナでグチャグチャ…………

『あ……はは……あは、ははは……あ、は、あははははははははははははははははははは……』
 瑠璃はその場に座り込み、笑い出す。立ち尽くすことしか出来ない副部長と、創と、美夜子。俺は……

 駅前のファミレスの俺と美夜子がいた。
「さてと、なに頼む?」
「じゃあ、先輩と同じものを」
「ん……じゃあ、ホットケーキとオレンジジュース」

「さて本題だ」
 ホットケーキを食べながらこちらを向く美夜子。
「……ふひほほほへふは?」
「すまん、俺が悪かった。落ち着いて食べろ。食ってから話せ」
 もぐもぐ。むしゃむしゃ。
 あっという間にホットケーキ二枚をたいらげた。驚愕。
「ごちそう様でした。……話は、瑠璃のことですか」
 俺は無言で頷く。
「瑠璃のお姉さんは、麓盃高校の三年生でしたよね」
 前に部長様がクラスメイトだって言っていたし、間違いはないだろう。だが、そうだとすると。つまり、瑠璃のお姉さんは。
「亡くなってる、はずだ」
「それなのに瑠璃は電話をかけていましたね」
 美夜子は淡々と続ける。
「私はあの事件の二日後、瑠璃の家に行ってきました。でも、お姉さんなんかいませんでした」
「……はっきり言うな」
 瑠璃はオレンジジュースをチビチビ飲みながら言った。
「事実ですから」




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