カタツキパラブル 戯言遣いと月と聖杯
――これは単なる『寓話』に過ぎない。
人外と人外の戦い。
すなわちそれは、童話でしかなく――戯言でしかなかった。
ここに一つの聖杯があった。
そして二人の男がいた。
二人の男は共に願った。
物語の《誤植》を。世界の《終焉》を。
故に、聖杯は《誤植》を生み出した。
聖杯は意図的に、囲外敵を生み出した。
* * *
大学のキャンパス。
法衣を纏い、眼鏡をかけた女性は言った。
「貴方からは、人間以外の匂いがしますね……」
飛んでくる黒い鍵。
意識する死。
赤い請負人。
* * *
蒼いサヴァンは言った。
「ちょっち、マズいよ。その人……《教会》って、言ったんだよね……」
夜。
公園。
玖渚友のマンションからの帰り。
――殺気。
零崎のそれよりも静かで、出夢くんのそれよりも荒々しくて。
「……でてこいよ」と、振り返る。
もとより隠れてなんか無かった。
月下に、着物にジャケットを羽織った――
美しかった。
その顔立ちも。
その瞳も。
その手に持つ、ナイフも。
美しく、純粋な殺気だった。
* * *
「知りたければ……冬木に行け」
狐面の男に言われて向かった地で出会った、二人の魔術師。
「ッ……、《教会》に狙われるなんて、アンタ一体、何やらかしたの!?」
それを知るためにきたのだ。
「なあ、遠坂。俺もよくわからないんだが……」
そして戦いの始まりの電話。相手は赤い請負人。
『玖渚ちんが、狙われた』
目が真っ暗に塗りつぶされた。
狂々。狂々と。
すべてが廻り始めた。
* * *
「なんで師匠を狙うんですか!?」
青の少女の指が動く。
「危険だからです。あの人はいるだけで不幸を撒き散らす。……今は個人レベルでも、いずれ世界を巻き込む規模になる……」
紫の少女の指が引き金を引く。
「……ッ!!」
「彼の持つモノ……それは“固有結界”」
“なるようにならない最悪”
「そうですか……師匠を殺すって言うんなら――
――ここで、あなたの意図は途切れます」
「……貴方に勝ち目があるとでも?」
錬金術師には極限死を。
曲絃師には憐禁術死を。
憐れむ事なかれ、極限の死を。
* * *
「……なかなかいい腕、持ってんじゃないか」
「…………」
「ちっ……僕が訊いてるのに、黙ってるったー……いい度胸じゃねえかァ!!!!!」
黒と黒が交わる。
殺戮奇術と山の翁。
暗殺者同士の殺し合い。
それは言わば――
――過去と現在の、殺し名の代理戦争。
「――――暴飲暴食ッッ!!!」
「――――妄想、心音!!」
* * *
そのフランス人形は、
「お兄ちゃんは、どこかな……?」
と言い、血まみれのウエディングドレスをはためかせている。
そのハリガネ細工は、
「……呼んだかい?」
と言い、胸元から鋏を取り出す。
「ん、なにいってるの?――おじさん?」
「おじさんはキツいね……」
自殺志願と名づけられたその常軌を逸した凶器は――驚喜に狂喜し狂気する。
火の鉈と名づけられたその常軌を逸した少女は――ただ、殺して潰して笑うだけ。
* * *
赤い魔術師と、白い吸血鬼の姫。
「はぁ……は、はぁ……」
「あなたじゃ私は殺せないわ」
「――ッ!! 二発目、いくわよ!!!」
「了解した、マスター」
赤の主従の放つ力。
幻想を壊すには、また同じく幻想を打ち付けるのみ。
一閃。そして爆発。
赤の衝撃が、魔力が、白い吸血鬼を襲う――
――しかし。だがしかし。
それでも倒れないのが最強たる所以。
空想具現化――
幾重にも重なる鎖。
「……がっ……」
白き月の姫の爪に捕らえられる赤い魔術師。
もう駄目かもしれない。
己が使役する使い魔も破れ、赤い魔術師――いや、少女は諦めた。
「――その勝負。あたしが請け負った」
その《絶対》を目にするまでは。
「あ、なた……は……?」
吸血鬼を蹴り飛ばし、目の前で仁王立ちしている《赤色》は、背中で答えた。
「請負人、さ」
白い月の姫と、赤い征裁。
最強と最強。
白色と赤色。
それは、己が絶対の色で相手を塗り潰すかのように。
* * *
「かはは、随分とボロボロだな――《欠陥製品》」
その声は、二度と聞くことのないはずの――
「同じナイフ使いか……こいつは傑作だぜ」
――彼は殺人鬼。
七に対峙するは零。
「……殺して解して並べて揃えて―――晒してやんよ」
「……極彩と散れ……!」
* * *
「それでも――あの娘に、守る価値があるのかね?」
目の前で広がる、混沌。
《この世全ての悪》が、そこに広がっていた。
「お前はここに来るまで、数々の人間を犠牲にしてきた――」
姫ちゃん、出夢くん、零崎、哀川さん………
「それでも、」
それでも。
「それでも、守る価値があるのか」
それでも、だ。
玖渚友を傷つけた。
それだけで、十分だ。
聖杯なんてもの――
「……なんて、戯言だよな」
左手には請負人から貰った《無銘》を。
右手には贋作師の《破戒せし全ての符》を。
そして――己が胸には蒼色を。
今見ると、痛々しくも当時の熱を思い出して目から汗が出てきそうになる。
(2013/6)
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